
2009/4/3(金)
■禅と庭に学ぶ
私は建築・土木を学んだ者として、以前より庭園には興味を持つ者の一人でした。4/2日経で拝見した枡野俊明さんに感銘を受け、彼の語っている「庭と禅に学ぶ」を本日は引用させていただきます。
【私が造る庭園は、私そのものを映し出す鏡である】
「禅宗のお寺では掃除などの労働を作務といって、大切な修行になっている。私が庭園をデザインするのも作務の一環である。庭園造りの現場では、短い時間でも立禅をし、呼吸を整えることにしている。自分の心の状態を整えて、その土地や石、樹木が訴えてくるものを自分の体で受止めるのである。」
「しかし、自分の力量を超える庭を造ることはできない。これまでの修行によって出来上がった今の自分の姿がそのまま庭に反映されるだけのことで、私自身が日々向上していなければいけない」
【禅思想が生み出した「枯山水」は余白の美である】
「禅寺の庭園は、最初、大自然を庭に取り込んだ。次に水墨画で描かれた山水画の世界に近づけようとした。さらに、抽象化の作用が加わったのが枯山水である。」
「能の役者は動きと動きの間を取る。水墨画には余白がある。庭も同じで余白から生まれる緊張感や余韻が、見るものを考えさせる。例えば、京都の龍安寺の石庭は簡素だが、石と白砂がつくる余白の構図には強い緊張感が漂い、精神的な高みを感じさせる」
「全国を歩き回った夢窓国師は、若い時から庭園造りで試行錯誤し、苔寺で知られる西芳寺で枯山水の原点となる庭を造った。国師は
『山水の得失なし、得失は人の心にあり』と言っている。山水そのものに利害得失はなく、利害得失は人間の心が生み出すという意味だ。禅を形に映すとは、己を無にして美を極めることをしめしている」
「夢窓国師が西芳寺を造園した時は大飢饉で、国師は飢餓にあえぐ人々のために、工事を興し働く場を提供した。大恐慌後の米国のニューディール政策に匹敵するようなことをやっていた。大衆を救うための仏教を実践した大先輩として尊敬している」
【庭と向かい合った人が、自分を見つめ直し、現在の生活を考え直すような空間にしたい】
「すべてが効率主義の都会では、みんなが寸暇を惜しんで仕事をし、余裕がない。だからこそ、ふっと足をとどめて眺めてみる場所が必要だ。そんな場所として庭を考えている。しかし、形だけきれいではいけない。漂う空気が大事だ。日本の文化は、わび、さび、幽玄、瀟洒(しょうしゃ)など、みな雰囲気を大事にしている」
「ホテルであれば人を迎える施設だから、茶の湯のように客を空間に迎える亭主の気持ちを落とし込んでいく。お客がどんな状態でくるか、回りの環境を読み込み、重ね合わせて空間をつくる。形をつくろうとするのではなく、気持ちをデザインするのだ」
「日本の美意識を現代の都市空間に生かすことはできないか模索した。近代的な建築空間が硬くシャープなので、それに負けない強さがなくてはいけない。そこで、これまでの日本庭園にはなかった力強い形と肌合いを持つ御影石を使い、現代の日本庭園を造りだしてみた」
「完成されたものはそれで終わってしまう。これに対し、不完全なものは無限だ。完全すぎると作り手の心が入り込めない。完全なものを壊してこそ、自分の精神性をそそぎこむことができる。禅の修業にも終わりがない」
枡野俊明さんはこのように語っている。一言一言は自分が造っている下着とは比較にもならない世界にも思えるが、作り手の心はそんなには違っていないだろうと思いつつ読んでいました。

1999 祇園寺 紫雲台庭園『龍門庭』 茨城県 水戸市

1992 高松市斎場公園日本庭園 香川県 高松市

2003 防府市斎場庭園 『悠久苑』山口県 防府市
(作品の一部)


|戻る|